1.はじめに
交通事故被害に遭った場合に、歯が欠けたり折れたりする傷害を負うことがあります。その治療については、義歯、ブリッジ、インプラントなどの治療方法が考えられます。
インプラント治療については、日本歯科学会編「歯科インプラント治療指針」においても、①高い審美機能回復が可能、②隣接歯の切削が不要、③長期間の良好な予後と高い患者満足度が望めることが利点として指摘されており、そのような観点からインプラント治療を希望する交通事故被害者の方もいらっしゃいます。
もっとも、インプラント治療にかかる費用について損害賠償を求めていくためには、①インプラント治療の必要性・相当性を検討する必要がありますし、②どこまでの費用が認めてもらえるのかについても検討が必要です。
2.インプラント治療の必要性・相当性
⑴ 破損部位が義歯やブリッジを装着していた部位である場合
インプラント治療の必要性・相当性についてですが、前提として、損害賠償は被害者を被害に遭う前の状態に回復することを目的としていますので、元々義歯やブリッジを装着していた部分が破損したという場合には、被害に遭う前の状態よりも良くするインプラント治療は認められない可能性が高いです。
⑵ 破損部位が自然歯である場合
交通事故によって自然歯が破損したという場合についてですが、前提として、インプラント治療が可能であることが必要になります。
上述した「歯科インプラント治療指針」においても、糖尿病、骨粗鬆症、金属アレルギー等がインプラント治療のリスクファクターとして掲げられていますが、そもそもインプラント治療を実施することができない場合にはインプラント治療の必要性・相当性は認められません。
また、裁判例の中には、抜歯の必要性が認められないことを理由にインプラント治療の必要性を否定したものも存在しますので、医学的に見て、インプラント治療が必要な状態にあることも求められます。
その上で、問題になるのが、他の治療方法と比較した場合のインプラント治療の必要性・相当性です。
一般にインプラント治療は義歯と比較するとメリットが多いとされているため、ブリッジによる治療が行えず、義歯による治療とだけ比較する場合には、インプラント治療の必要性・相当性は認められやすいと考えられます。
他方で、ブリッジによる治療も可能な場合、裁判例においては、欠損の部位や本数、咬合能力、審美性、耐久性、治療のリスク、他の治療のデメリットといった観点から医師の意見も踏まえて具体的に必要性・相当性を検討しています。
歯は長期にわたり身体の一部になるものであるため治療方法の選択については被害者の意思が一定程度尊重されるべきことや、ブリッジには両側の健康な歯を削らなければならないというデメリットもあることを考えると、インプラント治療が最も優れていることまでは求められず、ブリッジ等の他の治療方法と比較して不合理ではないという程度の証明があればインプラント治療の必要性・相当性は認められるべきと指摘されているところですが、いずれにしても、主治医となる歯科医師の先生に、これらの点を踏まえた意見をもらえることが重要になってきます。
3.治療費、更新費、メンテナンス費について
インプラント治療の必要性・相当性が認められた場合も、インプラント治療にかかる費用が損害額として相当かは別途問題となります。
まず、インプラントの治療費については、欠損の部位や本数、被害者の顎の骨の状態等の具体的な事情によって大きく変わって来るものではありますが、①過剰・濃厚診療ではないかや、②診療行為に対する報酬額が、特段の事由がないにもかかわらず、社会一般の診療水準と比べて著しく高額ではないかの検討は必要です。
また、インプラントについては、残存期間の問題もあるとされていて、上述した「歯科インプラント治療指針」においても、多くの文献で歯科インプラントの残存率が10年で92~95%と報告されていることや、患者を対象としたアンケート調査ではインプラントの残存期間は20年と回答するものが多いことなどが指摘されています。
そのため、残存期間経過後にインプラント更新費用を求めることが必要になってきますが、「歯科インプラント治療指針」においても指摘されているとおり、インプラント治療の予後は、それぞれの患者の局所状態、全身状態、口腔衛生管理状態などによっても左右されます。
裁判例においても、インプラントの残存期間については、10年とするもの、15年とするもの、20年とするもの、30年とするものなど、その判断が分かれているようですが、被害者が若年の場合には、残存期間が長めに設定される傾向があるようです。
さらに、インプラント治療においては、メンテナンスも必要とされています。メンテナンスの必要性については、「歯科インプラント治療指針」においても、インプラント体とインプラント周囲粘膜上皮組織との界面には、歯と歯肉上皮細胞との間の接着装置のような構造が存在しないため、歯科インプラント治療後に長期の良好な予後を得るためにはメンテナンス(支持療法)が重要とされています。
メンテナンスの頻度については、「歯科インプラント治療指針」においては、2~6か月に1回などとされていますが、裁判例において認められたメンテナンス費用は年額2160円から2万9000円と幅があるようです。
インプラント治療を希望する場合には、治療費に加えて、残存期間を踏まえたインプラント更新費や、メンテナンス費用を漏れなく請求するよう検討が必要ですし、検討の際には、主治医となる歯科医師の先生の意見も重要になってきます。
4.おわりに
このように、交通事故被害に遭った方がインプラント治療を希望される場合、インプラント治療の必要性・相当性や、その費用がどこまで認めてもらえるのかについて、様々な観点からの検討が必要です。
弁護士の目線から検討をした上で、主治医となる歯科医師の先生に意見書を作成してもらって証拠化するなどの工夫も必要になってきますし、早めのうちに弁護士に相談することをお勧めします。