1 素因減額とは

素因減額とは、交通事故によって発生した損害が、被害者の素因によって拡大している場合に、損害の全てを加害者に賠償させることが「損害の公平な分担」という不法行為法の趣旨に照らして相当でないとき、素因の寄与を理由として、損害賠償額を減少させることを言います。

「素因」は、一般的に、被害者の精神的傾向である「心因的要因」と、既往の疾患や身体的特徴などの「体質的・身体的素因」に分類されています。今回は、体質的・身体的要因に基づく素因減額に関する判例をご紹介したいと思います。

2 判例

(1)「一酸化炭素中毒の既往症」(最判平4.6.25)

一酸化炭素中毒に罹患していた被害者について、潜在化ないし消失していた一酸化炭素中毒による各種精神的症状が、事故による頭部打撲により顕在発現して長期間持続し、次第に増悪して死亡したとしたうえで、「被害者に対する加害行為と被害者の罹患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は損害賠償の額を定めるに当たり、過失相殺の規定を類推適用して、被害者の当該疾患を斟酌することができるものと解するのが相当である」として50%の減額を認めました。

この事案は、高速道路の走行車線に停止していた被害車両に加害車両が追突した事故ですが、被害者は事故の約1か月前に仮眠中の車内で一酸化炭素中毒に罹患しており、事故の数日後に精神障害を発現し、以後、3年近く入院を続けて死亡したものです。

本件のように、被害者の疾患が、事故と競合して寄与していると認められる事案においては、その損害の全部を加害者に賠償させるのは公平ではないとの判断が前提にあると考えられます。

(2)「首が長いという身体的特徴」(最判平8.10.29)

前記最判平4.6.25をふまえたうえで「しかしながら、被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情が存しないかぎり、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。けだし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活においては通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものと言うべきだからである」と、首が長くこれにともなう多少の頚椎不安症が被害者について、素因減額を否定しました。

この事案は、被害者が交通事故により運転席のシートに頭部を強く打ちつけ、頚椎捻挫、頭頸部外傷症候群による視力低下などの傷害を被ったもので、原審で40%の減額が認められていましたが、最高裁は、交通事故の被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合は、特段の事情がない限り、素因減額はしないこととしました。この判例は、この程度の身体的特徴による損害の発生又は拡大を加害者に全部負担させることが公平の観念に合致するという判断が前提にあると考えられます。

(3)「骨粗鬆症」(名古屋地判平29.6.23)

骨粗鬆症の被害者について、事故当時の年齢(63歳),被害者は骨粗鬆症を原因に既に第3,4腰椎について圧迫骨折をしていたこと,事故による受傷(Th12,L5圧迫骨折)にも骨粗鬆症の影響があること,加えて後遺障害の内容に対しても骨粗鬆症の影響が認められ,後遺障害の程度については自賠責保険で別表の8級2号に該当すると評価されていること,これらの事情に対して,事故により被害者が受けた衝撃の程度は相当に軽微であって,被害車両の運転者(被害者の息子)の受傷程度や,加害者が受傷していないこととを比較検討すると,損害の公平な分担の観点から,傷害及び後遺障害を含む原告の損害全体について20%の素因減額を認めるのが相当であるとしました。

この事案は、車線変更しようした加害車両が被害車両と接触事故を起こしたものですが、被害者に骨粗鬆症があったことから、損害の発生又は拡大に既往症が寄与していたものとして20%の素因減額を認めています。

骨粗鬆症に関しては、素因減額を認める判決もありますが、一方で、素因減額を認めない裁判例も少なくありません。疾患による素因減額を認めるかどうかは、疾患の種類や程度、事故の状況、事故後の治療経過などを総合的に考慮し、加害者に損害の発生または拡大を全て負担させることが公平であるかどうかの観点から、裁判所が個別具体的に判断しています。

以上