1 自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」といいます。)3条には、「自己のために自動車の運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任に任ずる」とありますが、名義を第三者に貸すことを承諾し、名義上は所有者兼使用者となったものの、その車を全く使用していない人は、「自己のために自動車を運行の用に供する者」(以下、「運行供用者」といいます。)として、自賠法3条の責任を負うのでしょうか。
「運行供用者」とは、一般的には、①自動車の運行を支配・管理する立場にあり(運行支配)、②その車の運行によって利益を得ている者(運行利益)とされていますが、その事実認定は難しい場合もあり、裁判所の判断が分かれるケースもあります。そこで、第1審、控訴審、上告審でそれぞれ判断が分かれた最高裁平成30年12月17日判決の事案をご紹介したいと思います。
2 事案の概要
生活保護を受けていたAは、自己名義で車を所有すると生活保護を受けられなくなると考え、弟Yに名義の貸与を依頼して承諾をもらい、Y名義で中古自動車(以下、「本件自動車」といいます。)を15万円で購入した。当時、AとYは住居と生計を別にし、疎遠な状態であり、Yは、本件自動車を使用したこともないし、その保管場所も知らず、本件自動車の売買代金や維持費等を負担したこともなかった。
Aは本件自動車を運転中、Xが運転する車に追突する事故を起こし、傷害を負ったXはYに対して損害賠償を請求した。
3 裁判所の判断
第1審はYに運行供用者責任を認めてXの請求を認容しましたが、控訴審はYが運行供用者であることを否定し、Xの請求を棄却するという全く反対の結論を出しました。何故このように判断が分かれたかというと、第1審は、本件自動車の購入費用や維持費を、生活保護を受けていたAが負担したとは認めず(Yが援助した可能性がある)、AとYの関係も一般の姉弟の関係以上に疎遠であったとは考えられないと認定したのに対し、控訴審は、前述の事案の概要に記載したように、本件自動車の購入費用や維持費は、スナックでアルバイトをしていたAが負担したと認め、AとYは疎遠な状態で、YはAがどこに住んでいるのかも知らなかったなどの事実を認定したことによって結論に違いが生じました。
しかし、上告審である最高裁は、控訴審が認定した事実関係を前提としても、次のように判示して、Yに運行供用者責任を認め、控訴審の判決を覆しました。すなわち、「Aは、当時、生活保護を受けており、自己の名義で本件自動車を所有すると生活保護を受けることができなくなるおそれがあると考え、本件自動車を購入する際に、弟であるYに名義貸与を依頼したというのであり、YのAに対する名義貸与は、事実上困難であったAによる本件自動車の所有及び使用を可能にし、自動車の運転に伴う危険の発生に寄与するものといえる。」「また、YがAの依頼を拒むこともできなかったなどの事情もうかがわれない。」「そうすると、YとAとが住居及び生計を別にしていたなどの事情があったとしても、Yは、Aによる本件自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあったというべきである。」と判示しました。
4 最高裁判決の意義
自賠法3条の文言は、「『自己のために』運行の用に供する」となっていますが、上記の最高裁判決からすると、運行供用者に該当するか否かは、必ずしも「運行利益」という観点は必要ではなく、自動車の運行が社会に危険をもたらさないよう、運行を事実上支配、管理することができた者であれば、運行供用者としての責任が認められる傾向にあるのではないかと思います。
したがって、名義を貸した人は運行供用者責任を問われる可能性が高いと考えたほうがよいですので、名義貸しを依頼されたとしても断るか、あるいはやむを得ず名義を貸すことがあったとしても、必ず任意保険に加入することをお勧めします。
以 上