本件は、トラックの運転手であるXが、勤務先の運送会社Yの勤務中に起こした交通死亡事故について、被害者の遺族の一人に対して損害を賠償した後、Yに対して求償権を取得したとして、賠償額全額について求償を求めた事案です。なお、Yは別の遺族に対して支払った和解金について、Xに対して求償を求める反訴を提起していました。
被用者(従業員)が使用者(会社)の事業の執行について第三者に与えた損害について、使用者(会社)が、民法715条1項で定められた使用者責任に基づいて賠償した場合、同条3項では、使用者(会社)の被用者(従業員)に対する求償が認められています。もっとも、この求償は、「事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において」認められ(最判昭和51年7月8日)、使用者(会社)の求償が制限されることがあるとされています。これによると、使用者(会社)が賠償した場合、最終的に使用者(会社)が賠償金の一部を負担することがあることになります。
では、被用者(従業員)が賠償した場合に、使用者(会社)に対して(逆)求償が認められるのか、これについては条文上の規定もなく問題となっていました。
この点について、本件の原審は、上記求償権の制限について、「使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが、これは、信義則上、権利の行使が制限されるものにすぎない」と指摘して、「被用者は、第三者の被った損害を賠償したとしても、共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き、使用者に対して求償することはできない。」として、逆求償を認めませんでした。
しかしながら、本判決は、「民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである」「このような使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。」とし、また、使用者(会社)の被用者(従業員)に対する求償権が制限されることがあるとした上記最判昭和51年7月8日判決を引用した上で、第三者の被った損害を使用者(会社)と被用者(従業員)の何れが負担したかによって、「使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。」として、結論として、「被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」として、逆求償を認めました。
このように、本判決では、①報償責任ないし危険責任といった使用者責任(民法715条1項)の趣旨が使用者・被用者の内部関係にまで及ぶことを明らかにし、②使用者(会社)が賠償した場合には最終的に使用者(会社)に負担が生じることとの整合性という観点から、使用者(会社)の被用者(従業員)に対する求償を認める場合と同様の考慮要素に基づき、相当と認められる額について逆求償を認めました。