令和4年3月24日、私が担当した事件の上告審判決が最高裁判所でありました。
争点は、交通事故の被害者が、加害者からの賠償の支払いを得る前に、自身の人身傷害保険 会社(人傷社)から人身傷害保険金(人傷保険金)の支払いを受けた後、人傷社が自賠責保険 金を回収した場合に、その回収額が加害者に対する損害賠償請求権から控除されるかというものです。

これまで、最高裁判所は、被害者が人傷社から先行して保険金の支払いを受けた(人傷一括 払い)後に、加害者に対して損害賠償請求をした際に、請求額から人傷保険金をどのように 控除するのか(人傷社がどの範囲で代位取得するのか)という問題に対しては、裁判基準差 額説(保険金と損害賠償金の合計が裁判基準の総損害を超過する部分について代位取得を 認める考え方)を採用していました(最一判平成24年2月20日)。

これにより、自身に過失のある交通事故被害者としては、人傷社から人傷保険金の先行払を 受け、自己の過失部分にまず充当した上で、加害者に賠償請求をする方法が、総損害額の補 償を得る可能性のある方法の一つとして利用されていました。

そして、人傷一括払い後に、人傷社が加害者の自賠責保険金を回収した場合に、その回収額 がどのような扱いとなるかについては、最高裁は判断しておらず、下級審において損害賠償請求権から 控除しないという考え方(不当利得容認説)で主に判断されていました(東京地判平成21 年12月22日等)。

これにより、人傷一括払後に人傷社が加害者の自賠責保険金を回収したとしても、被害者に とって総損害額の補償を得るための方法に影響はありませんでした。

しかし、今回の最高裁判決の原審(福岡高判令和2年3月19日)、第一審(福岡地判令和 元年8月7日)はいずれも、人傷一括払い後の人傷社による自賠責保険金の回収については、 被害者と人傷社との間では、受領する保険金に自賠責保険金が含まれており、被害者が人傷 社に自賠責保険金の受領権限を委任したものであるとして、人傷社が回収した自賠責保険 金は、加害者に対する損害賠償請求権の額から控除することができると判断しています。

被害者としては、裁判基準差額説及び不当利得容認説を前提として総損害額の補償を得る ため人傷保険金を請求したにもかかわらず、被害者に直接支払われたわけではない自賠責保険金分が損害賠償請求権から控除される結果、裁判基準での総損害額の補償を得ることができない結論となっていました。

これに対して、被害者と人傷社との合意(協定書)の解釈としては、裁判基準差額説に基づく代位の範囲を確認したものに過ぎず、被害者が得た人傷保険金は自賠責保険金の立替払いを含むものではないため、人傷社が回収した自賠責保険金額は、被害者の損害賠償請求権 の額から控除すべきではないことを理由に、最高裁判所に上告していました。

最高裁判所第一小法廷(安浪亮介裁判⻑)は令和4年2月24日に弁論を開き、令和4年3月24日の判決で、

「人傷一括払合意をした場合であっても、本件のように訴外保険会社(人傷社)が人身傷害 保険金として給付義務を負うとされている金額と同額を支払ったに過ぎないときには、保 険金請求権者としては人身傷害保険金のみが支払われたものと理解するのが通常であり、 そこに自賠責保険による損害賠償額の支払分が含まれていると見るのは不自然、不合理で ある。」
「各書面(約款、協定書)の説明内容は、訴外保険会社が本件代位条項に基づき保険代位することができることについて確認あるいは承認する趣旨のものと解するのが相当であり、上告人が訴外保険会社(人傷社)に対して自賠責保険による損害賠償額の支払いの受領権限を委任する趣旨を含むものと解することはできない。」
(※括弧書き部分は執筆者による補足)

と判断し、当方の主張を認め、損害賠償請求権から控除するという原審判決は破棄されまし た。

不当利得容認説を採用していた裁判実務とは異なる判決(本件の原審、第一審)が出た後、交通事故賠償実務においては、自賠責保険金回収分の扱いについて控除すべきかどうかについて、人傷社との協定書文言を修正し対応したり、同判決を前提として控除を主張する加 害者(加入保険会社)との調整、交渉が必要となるなど、混乱が生じていました。

今回の最高裁判決は、現在の約款等の運用を前提に、人傷一括払い後の人傷社の自賠責保険金回収分については被害者の損害賠償請求権から控除されないことを明確にしたもので、今後の賠償実務に大きく影響を与えるものだと思われます。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/048/091048_hanrei.pdf