交通事故の損害賠償請求権は、被害者(又はその法定代理人)が損害及び加害者を知った時から「3年間」行使しないときは、時効によって消滅するとされています(民法724条1号)。
 もっとも、「人の生命又は身体を害する損害賠償請求権」については、被害者(又はその法定代理人)が損害及び加害者を知った時から「5年間」行使しないときに、時効によって消滅するとされています(民法724条の2。なお、令和2年4月1日の民法改正以前については、人的損害と物的損害のいずれも消滅時効の期間が3年で同一などの違いがあります。)。

 交通事故の被害に遭った場合、乗車している自動車やバイクが損壊する損害(物的損害)に加えて、運転手や同乗者が入院や通院を要する怪我をする損害(人的損害)を受けることがあります。
被害者側が損害及び加害者を知っている場合、物的損害については3年間権利行使をしないと消滅するおそれがあり、「人の生命及び身体を害する損害賠償請求権」に該当する人的損害については5年間権利行使をしないと消滅するおそれがあることになります。

 もっとも、被害弁償を一部でも受けている間は、被害弁償の度に時効の期間は更新されて、その時点から新たに3年(又は5年)が進行しないと権利が時効によって消滅することはありません(民法152条1項)。

 以上のとおり、
①物的損害の消滅時効の期間(3年)は人的損害の消滅時効の期間(5年)より短く、
②人的損害については治療費の一部支払いによって消滅時効の期間が更新されるけれども、物的損害についてはそのような事情がない場合も少なくない上、
③交通事故によって負った怪我が重い場合、入通院や後遺障害の認定までに時間がかかって数年が経過することもある
 ので、人的損害の内容が全て明らかになるのを待っている間に、物的損害の消滅時効の期間が経過してしまわないかについては注意が必要です。

 実際に、人的損害の内容が全て明らかになるのを待っていて
、物的損害の消滅時効の期間が経過してしまった事案も存在します(最判令和3年11月2日裁判所時報1779号1頁)。
 この事案では、
・平成27年2月26日に交通事故が発生して、
・平成27年8月25日に症状固定の診断がされて、
・人的損害と物的損害について訴訟が提起されたのは平成30年8月14日
でした(なお、訴訟を提起すると消滅時効は完成しません(民法147条1項1号))。
 この裁判の中では、加害者側からは、
・事故から3年以上が経過しているので物的損害の損害賠償請求権については時効によって消滅している
 との主張がなされ、これに対し、被害者側からは、
・「損害及び加害者を知ったとき」は、治療が終了した症状固定日である平成27年8月25日であり、3年は経過していない
 との反論がなされ、争われました。

 この裁判の第一審は、「損害及び加害者を知ったとき」とは、「被害者において、加害者に対する損害賠償が事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害の発生を知ったとき」と解するのが相当であり、この事案では被害者の治療が終了し症状固定となったとき(平成27年8月25日)を起算点とするのが相当であると判断して、被害者に有利な判断をしました(神戸地判令和元年11月14日LLI/DB判例秘書登載)。

 これに対し、加害者側は控訴しましたが、控訴審も被害者に有利な第一審の判断を維持しました(大阪高判令和2年6月4日LLI/DB判例秘書登載)。

 しかしながら、最高裁は、以下のとおり述べて、物的損害の消滅時効は、治療が終了して症状固定となったときからではなく、車両損傷を理由とする損傷を知った時から進行するものとして、物的損害の損害賠償請求権については消滅したと判断しました。

・「交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を知った時から進行するものと解するのが相当である。」
・「なぜなら、車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは、これらが同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするものであり、車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なる請求権であると解されるのであって、そうである以上、上記各損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点は、請求権ごとに各別に判断されるべきものであるからである。」

 この裁判は、消滅時効の期間が、物的損害についても、人的損害についても、被害者(又はその法定代理人)が損害及び加害者を知った時から3年間で同一であった民法改正前の事案ではありますが、民法改正後についても同じように考えられるものと思われます。

 そのため、治療が終了しておらず、人的損害の内容が確定していない場合も、物的損害については3年の消滅時効の期間が経過していくことになりますので、先に示談を終わらせておいたり、訴訟を先に提起しておくことで消滅時効が完成しないようにしたりといった適切な対応をすることが必要となりますので、注意が必要です。