1 車両の破損状況や路面上の痕跡

衝突を伴う交通事故の場合、程度の差こそあれ車両に凹みやキズ、割れなどが生じます。
この破損状況から、衝突時のそれぞれの位置関係や向き、動きなどを判断することができます。
たとえば、自動車同士の事故の場合は、それぞれの車両のどの部分が破損しているかを照らし合わせることで、衝突時の位置関係や向きがある程度判断できます。
横に長いキズがある場合でも、キズや凹みの細かな状態から、最初に前後どちら側に衝突したのかを判断することができ、さらに衝突後にどう動いたかもある程度推測することができます。それによって、衝突直前のそれぞれの車両の動きなども推測することもできます。
また、衝突時の勢いが強い(かかった力が強い)ほど、車両の破損も酷くなるため、凹みが大きければ速度(双方の車両が動いていれば相対速度)も大きかったということが判断できます。

また、交通事故の場合には急ブレーキをかけたり、衝突の前後でタイヤが横滑りしたりすることもあり、その場合には路面にタイヤ痕が残ることがあります。また、車両が破損して壊れた部品が路面に当たったりすると、路面にその痕跡も残ることがあります。
また、ライト等の破損部品が路面に散らばったりもします。
そういう路面に残った痕跡の状況から、それぞれの車両の衝突前後の道路上の位置がどこだったのか、衝突前後にどのように動いたのか、ブレーキをかけていたかどうかが判断できることもあります。

こういった車両の破損状況や路面上の痕跡から、交通事故の状況をある程度客観的に判断することができますし、事故当事者の言い分が食い違う場合には、車両の破損状況や路面の痕跡と整合するかどうかで、その言い分が信用できるかどうかを判断することもできます。

 

2 工学鑑定について

このように、車両の破損状況や路面上の痕跡などから、衝突時のそれぞれの位置関係や向き、動きなどの判断は可能なのですが、速度が何キロメートルくらいだったのかといった詳細な判断をしたりするのは簡単ではありませんし、複数の衝突が重なっていていたりするなど事故状況が複雑な場合には素人の手に負えません。
そのような場合に、自動車事故に関する工学の専門家による工学鑑定を依頼することで、より詳細な事故状況や複雑な事故状況を判断することができます。
工学鑑定ではエネルギー保存の法則を始めとする物理学の法則を用いたり、過去の衝突実験データ等を用いたりして、事故状況を分析し、それぞれの車両の衝突直前の速度やブレーキをかけ始める前の速度を計算したりします。
そのため、重傷を負った事故や死亡事故のような場合で事故態様に争いがある場合には、刑事事件でも民事事件でも工学鑑定が行われたり、専門家の意見書等が作成されたりすることがあります。
但し、専門家といっても能力の差がありますし、依頼を受けた側に有利な鑑定書や意見書を作成したりする専門家もいます。その場合、相手方としては、別の専門家の見解を確認したり、鑑定書や意見書の作成をお願いしたりすることも検討する必要があります。
いずれにせよ工学鑑定等が必要になる場合には、お願いできる専門家への繋がりが必要ですし、専門家の意見を聞くために必要な資料等を適切に収集することも重要になり、担当する弁護士自身の力量も試されることになります。