1 労務対価部分という考え方
会社役員について、交通事故を理由に仕事を休んだことにより生じた損害(休業損害)や、後遺障害が生じて得ることができなくなった利益(逸失利益)を請求する際には、普通の給与所得者と違って、役員報酬額をそのまま請求できるとは限りません。
それは何故かというと、会社役員が得る役員報酬の中には、①その役員の労働の対価である部分(労務対価部分)だけではなく、②経営者として受領する利益の配当的部分があって、そのうち労務対価部分だけが給与所得者と同様に交通事故を理由とする休業損害や逸失利益として認められると考えられているからです。

2 労務対価部分の認定方法
労務対価部分の認定は、様々な事情を総合的に考慮した上で、役員報酬額の何十%という形で割合的に認定されることがほとんどです。
労務対価部分の認定のために考慮される事情について、裁判例を俯瞰すると、会社の規模や、役員の職務内容、交通事故の前後の会社の利益状況の変化、給与所得者である労働者との金額の比較等が特に言及されていることが多いように思います。
例えば、会社の規模につきましては、規模が大きくない同族会社の役員であれば、役員が働いている部分も少なくないため、労務対価部分がある程度認められるだろうという推測が働きます。
次に、役員の職務内容につきましては、役員であっても肉体労働をしていたり、経理の仕事や営業活動を具体的にしていたりしていると認められる場合には、労務対価部分が相当程度認められてしかるべきだろうと考えられます。
また、交通事故の前後の会社の利益状況の変化につきましては、交通事故によってその役員が休業等することによって会社の業績が下がったのであれば、その役員が重要な労働を担っていたことが窺われます。
そして、給与所得者である労働者の中にもその役員と変わらないくらい給料をもらっている人物がいるのであれば、その役員の役員報酬額のほとんどが労務対価部分であると評価してもいいのではないかと比較検討することができます。
このように、様々な事情を考慮しながら、労務対価部分が認定されます。具体的な例を上げますと、従業員数98名、年間売上約160億円という一定程度規模の大きい会社であったとしても、平日に毎日出社をして、具体的な経理や営業の仕事をしていたと認められた役員については、役員報酬の2697万4000円の60%(1618万4400円)が労務対価部分であると認められています(東京地判平成6年8月30日判時1509号76頁)。

3 会社が請求できる場合
労務対価部分について役員報酬が実際に減額されたり、その役員が亡くなられてしまったりした場合は、その役員やご遺族が加害者に対して休業損害や逸失利益を請求することになります。
しかしながら、役員が怪我をして一定期間入通院するにとどまっている場合、休業したにもかかわらず会社からその役員に従前どおりの役員報酬が支払われることが少なくありません。
この場合、会社は役員から労務の提供を受けることができなかったにもかかわらず、従前と変わらない労務対価部分を含んだ役員報酬を支払っていますので、交通事故によって無駄な支出を余儀なくされたものとして、会社が加害者に対して損害賠償請求できると考えられています。
特に、小規模な同族会社ではよくあるケースだと思いますが、生活費等の関係から役員報酬を減額することができなかった場合も、会社から加害者に対して損害賠償請求をすることで会社の損害を回復することができる場合もありますので注意が必要です。

4 最後に
このように、会社の役員が休業損害や逸失利益を請求する場合、労務対価部分という特殊な考え方がありますし、労務対価部分をしっかりと認めてもらうためには様々な事情を証拠に基づいて積極的に主張していく必要があります。
また、生活費等の関係から役員報酬を減額することができなかった場合、加害者側の保険会社は減額されていないので損害賠償請求は認められないなどと反論してくるかもしれませんが、会社から損害賠償請求が出来る可能性もあります。
福岡は同族会社の中小企業が多いですし、労務対価部分を相当程度認めてもらえる可能性が十分あるように思います。
会社の役員の皆様が交通事故に遭われた際は、適切な損害賠償を受けるために弁護士に相談されることをお勧めします。