2008年から、後部座席におけるシートベルトの着用が義務化されています。
しかしながら、警察庁とJAFが共同で実施したシートベルト着用状況の全国調査結果によると、後部座席におけるシートベルトの着用率は、高速道路では比較的高くなってきているとはいえ、一般道では未だ低い割合が続いているようです。

この点、交通事故における損害賠償請求においては、“過失相殺”という考えがあるので注意が必要です。
“過失相殺”とは、被害者にも義務違反などの落ち度(過失)があった場合には、その落ち度の大きさに応じて損害賠償額を減額するという考え方のことです(民法722条2項)。
このような、“過失相殺”という考え方があるため、後部座席に同乗している人がシートベルトを着用しない状態で交通事故被害に遭った場合、加害者側から、シートベルトの着用義務違反を理由に、“過失相殺”に基づいた損害賠償額の減額の主張をされることがあるのです。

では、実際に、裁判例ではどの程度の“過失相殺”がなされているか、いくつかの例を見てみたいと思います。

【大阪地判平成26年7月25日LLI/DB判例秘書登載】
例えば、タクシーの運転手が急ブレーキをかけたことで同乗者が怪我をした事案では、
・運転者は乗客の目につきやすい箇所にステッカーを貼り付けてシートベルトの装着を促したこと
・後部座席に乗車する者に対してシートベルトを装着させるのはあくまで運転者の義務であるが(道路交通法71条の3第2項)、乗客に対する装着指示にはおのずと限界があること
・被害者は事故の約1か月前に運転免許を取得したばかりで後部座席のシートベルト装着義務を理解していたこと
・シートベルトを装着していれば、急ブレーキにより腕や体が運転席にぶつかるようなことにはならなかったものと認められ、傷害も軽減された可能性が高いこと
という理由が述べられた上で、10%の過失相殺が認められています。

【大阪地判平成27年7月2日LLI/DB判例秘書登載】
また、タクシー乗車中に、高速道路において3台の車両が関係する交通事故に巻き込まれた事案では、
・後部座席に乗車する者に対してシートベルトを装着させるのはあくまで運転者の義務であるものの(道路交通法71条の3第2項)
・後部座席のシートベルト装着義務は平成20年6月1日から課されているものであること
・高速道路での義務違反は行政処分の対象になっていること
・被害者のけがの部位・程度等に照らすと、被害者がシートベルトを着用していなかったことによって被害者の損害が拡大した可能性が否定できないこと
を理由に5%の過失相殺が認められています。

【大阪地判平成28年7月8日LLI/DB判例秘書登載】
一般道路の駐車禁止場所に駐車していた車両にタクシーが追突して、タクシーの乗客が怪我を負った事案では、
・シートベルトを着用していれば、前部座席への顔面の衝突が軽減され、傷害が軽度にとどまったものと考えられる
ことを簡単に述べて、10%の過失相殺を認めています。

【仙台地判平成29年11月27日LLI/DB判例秘書登載】
タクシーがブレーキをかけるなどしたところ、後部座席の乗客が頭部を前の座席にぶつけて負傷した事案では、
・加害者は被害者に対してシートベルトを装着するよう口頭では求めなかったものの
・加害者のブレーキはそれほど強いものではなかったこと
・料金メーターを作動させるボタンを押すと「シートベルトを締めてください。」という音声が自動で流れることになっていたこと
・被害者がシートベルトを装着して後部座席に座っていれば、損害が発生しなかったか、又は損害が発生したとしても損害が拡大しなかったこと
が認めれた上で、10%の過失相殺が認められています。

【横浜地判平成29年5月18日LLI/DB判例秘書登載】
高速道路において、事業用大型貨物自動車が、自家用普通乗用自動車に追突した交通事故で、父親の運転する自家用普通乗用自動車に同乗していた子どもがシートベルトを装着していなかったため車外に放り出されて怪我を負った事案では、単純に
・シートベルトを装着をしていなかったことは明らかであって、争いがなく、これが損害の拡大に寄与したことは明白
であることを理由に、10%の過失相殺が認められています。

以上のとおりですので、現時点では、様々な事情があるにしても、被害者側に10%程度の過失相殺が認められる傾向が見受けられます。
ただ、今後は、後部座席のシートベルトが未着用の場合も、自動車が走行する時にはアラートで警告されるようになったりしていくようですし、後部座席のシートベルト装着率が高まっていくことが予測されますから、それに応じて過失相殺の割合が高まっていく可能性も否定できません。

いずれにいたしましても、10%の過失割合でも損害額が大きな事案ではかなり大きな損害賠償額の減額になってしまいますし、そもそも怪我をしないことが一番ではありますから、シートベルトを装着しておくことが望ましいと言えます。
皆様におかれましては、日々の乗車時にも後部座席のシートベルト装着に注意していただきたいと思いますし、不幸にも後部座席のシートベルト装着義務違反がある中で交通事故に遭われた際には、過失相殺についての争いや損害賠償額の減額があり得ますので、弁護士に相談されることをお勧めいたします。